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大津地方裁判所 平成9年(行ウ)4号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告が平成七年一一月六日付けで原告に対してなした

一1  原告の平成四年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額二二〇万九〇五八円、納付すべき税額一〇万四四〇〇円を超える部分

2  原告の平成五年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額二六二万六四〇〇円、納付すべき税額一四万一二〇〇円を超える部分

3  原告の平成六年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額四九七万二八二〇円、納付すべき税額三二万三〇〇〇円を超える部分

(ただし、各年分とも審査請求に対する裁決によって一部取り消された後のもの)

二1  原告の平成四年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間消費税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、課税標準額九九四七万二〇〇〇円、納付すべき税額一三万六二〇〇円を超える部分

2  原告の平成五年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間の消費税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、課税標準額一億四一九九万二〇〇〇円、納付すべき税額一四万三二〇〇円を超える部分

3  原告の平成六年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間の消費税についての更正及び過少申告加算税賦課決定のうち、課税標準額一億三八〇六万三〇〇〇円、納付すべき税額一一万六五〇〇円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、平成四年ないし平成六年分(以下「本件各年分」という。)の所得税及び平成四年一月一日から同年一二月三一日、平成五年一月一日から同年一二月三一日、平成六年一月一日から同年一二月三一日の各課税期間(以下「本件各課税期間」という。)の消費税について確定申告をしていた原告に対し、被告が、平成七年一一月六日付けで、本件各年分の所得税について事業所得の金額を推計による方法で算出して各増額更正(以下「本件所得税各更正」という。)及び右増額分に係る各過少申告加算税賦課決定(以下「本件所得税各賦課決定」といい、本件所得税各更正と合わせて「本件所得税各処分」という。)を行い、また、同日付けで、本件各課税期間の消費税について、課税標準額を推計による方法で算出し、かつ課税仕入れに係る消費税額の控除を否認して各増額更正(以下「本件消費税各更正」という。)及び右増額分に係る各過少申告加算税賦課決定(以下「本件消費税各賦課決定」といい、本件消費税各更正と合わせて「本件消費税各処分」という。)を行ったのに対し、原告が、本件所得税各処分及び本件消費税各処分(以下、併せて「本件各処分」という。)は、推計課税の必要性及び合理性がないのに、それがあるとして行われたものであり、また、本件消費税各処分については、課税仕入れに係る消費税額を控除すべきであったのに、それをすることなく行われたものであるなどと主張して、「第一請求」欄記載のとおり右過大分につき取消しを求めた事案である。

二  消費税法等の規定

1  平成六年法律第一〇九号による改正前の消費税法(以下「法」ともいう。)は、国内において事業者(法二条一項四号)が行った資産の譲渡等(事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供をいう。同項八号)に消費税を課すこととし(法四条一項)、事業者が国内において行った課税資産の譲渡等(法二条一項九号)につき、当該事業者が消費税の納税義務を負うと規定する(法五条一項)。そして、個人事業者については、課税期間を一月一日から一二月三一日までとし(法一九条一項一号)、課税標準を原則として課税資産の譲渡等の対価の額(対価として収受し又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする。)とし(法二八条一項本文)、その税率を一〇〇分の三と規定する(法二九条)。

法は、事業者が事業として行う他の者からの資産の譲受け等で当該他の者が事業として当該資産の譲渡等をした場合に課税資産の譲渡等に該当するものを課税仕入れとし(法二条一項一二号)、事業者が国内において課税仕入れを行った場合には、当該課税仕入れを行った日の属する課税期間(法一九条一項一号)の課税標準額に対する消費税額(法四五条一項二号)からその期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額(当該課税仕入れに係る支払対価の額に一〇三分の三を乗じて算出した金額をいう。)を控除する旨規定する(法三〇条一項。以下この税額控除を「仕入税額控除」という。)。

法三〇条七項は、右仕入税額控除の規定(同条一項)について、事業者が当該課税期間の仕入税額控除に係る帳簿(以下「法定帳簿」という。)又は請求書等(以下「法定請求書等」といい、法定帳簿及び法定請求書等を併せて「法定帳簿等」という。)を保存しない場合には、災害その他のやむを得ない事情により保存することができなかったことを当該事業者において証明した場合を除き、これを適用しない旨規定している。

同条八項一号は、法定帳簿とは、課税仕入れの相手方の氏名又は名称(同号イ)、課税仕入れを行った年月日(同号ロ)、課税仕入れに係る資産又は役務の内容(同号ハ)、仕入税額控除をしようとする課税仕入れに係る支払対価の額(同号ニ)が記載されているものであることを、同条九項一号は、課税仕入れに係る法定請求書等とは、課税仕入れの相手方である事業者が納税義務者たる事業者に交付する請求書、納品書その他のこれらに類する書類で、当該書類の作成者の氏名又は名称(同号イ)、課税資産の譲渡等を行った年月日(課税期間の範囲内で一定の期間内に行った課税資産の譲渡等につきまとめて当該書類を作成する場合には、当該一定の期間。同号ロ)、課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容(同号ハ)、課税資産の譲渡等の対価の額(当該課税資産の譲渡等に係る消費税額に相当する額がある場合には、当該相当する額を含む。同号ニ)、書類の交付を受ける納税義務者たる事業者の氏名又は名称(同号ホ)が記載されているものであることを、それぞれ要すると規定している。

2  平成七年政令第三四一号による改正前の消費税法施行令(以下「令」という。)五〇条一項は、法三〇条一項の規定の適用を受けようとする事業者は、法定帳簿等を整理し、法定帳簿についてはその閉鎖の日、法定請求書等についてはその受領した日の属する各課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間、納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないと規定する。

3  法は、事業者の納付する消費税について、申告納税制度を採用し、事業者に課税標準額、課税標準額に対する消費税額及び右消費税額から控除されるべき課税仕入れ等に係る消費税額等を記載した申告書を税務署に提出することを義務付けている(法四五条)。

4  所得税、消費税のいずれについても、税務署長は、原則として納税者のする申告によって納付金額を確定し、申告がない場合又は申告に係る税額が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、更正・決定等の処分を行うことによってこれを確定する(国税通則法一六条一項一号、二四条、二五条)。そのため、税務署長は税額等の調査を行うことができ(国税通則法一六条一項一号、二四条、二五条参照)、所得税及び消費税の調査について必要があるときは、税務署の職員は、納税義務者等に質問し、その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査する等の調査をすることができ(所得税法二三四条一項、消費税法六二条一項)、右職員の質問に対して答弁せず、若しくは偽りの答弁をし、又は右検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者あるいは右検査に関し偽りの記録をした帳簿書類を提示した者は所定の罰金に処するものとされている(所得税法二四二条八号、消費税法六八条)。

三  争いのない事実

1  当事者

原告は、肩書き住所地において、米穀卸小売業、農業及び不動産貸付業を営む白色申告者である。

2  本件訴訟に至る経緯等

(一) 原告は、本件各年分の所得税についてそれぞれ別表一記載のとおり、本件各課税期間の消費税についてそれぞれ別表二記載のとおり、法定申告期限までに確定申告をした。

(二) 被告は、平成七年(以下、断らない限り、月日は平成七年のものとする。)七月三一日、個人課税第二部門に所属するA国税調査官をして、原告の税務調査に当たらせ、同調査官が一〇月二〇日までに行った税務調査(以下「本件調査」という。)の結果に基づいて、原告に対し、一一月六日、推計の方法により、本件各年分の所得税及び本件各課税期間の消費税について、別表三のとおり、本件各処分を行った。

被告は、本件消費税各更正を行う際、原告が本件調査に協力せず、法定帳簿等を提示しなかったとして、本件各課税期間についていずれも仕入税額控除を否認し、これをいずれも零円とした。

(三) 原告は、被告の本件各処分について、一二月六日、被告に対し、異議申立てをしたところ、被告は、平成八年三月五日、これを棄却する旨の決定をした。

(四) これに対し、原告が、同年四月一日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、平成九年二月二七日、推計による課税のために選定した類似同業者の一部が不適当であったとして、本件所得税各処分の一部を別表四のとおり取り消し、本件消費税各処分については、その審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし(以下「本件裁決」という。)、右裁決書は、原告に送達された。

右裁決によれば、本件各年分の所得税についての総所得金額、納付すべき税額、過少申告加算税は、それぞれ別表五のとおりとされた。

3  本件各処分の前提とされた原告の米穀販売業に係る売上高等についての被告の算定根拠

(一) 本件所得税各更正の算定根拠

(1) 売上原価の算定

① 玄米の仕入金額

米穀販売業においては、玄米を精米機によって精米する過程において使用する電力量と玄米の精米数量との間に高い相関関係が認められることから、原告の使用電力量を実額で把握し、右使用電力量のうち精米機に使用する割合を七〇パーセント、玄米を精米するのに必要な電力量を玄米六〇キログラム当たり一キロワット時として、原告の精米した玄米量を算出し、これに玄米一キログラム当たりの平均仕入単価を乗じて玄米仕入金額を算出した。

② 白米の仕入金額

実額によって把握した。

③ 雑品などの仕入金額

本件各年分の滋賀県経済農業協同組合連合会(以下「経済連」ということがある。)からの雑品の仕入金額、平成四年分の滋賀県食糧事業協同組合連合会(旧湖北食糧卸協同組合、以下「湖北食糧」ということがある。)からの雑品の仕入金額、本件各年分の株式会社エフエフシー滋賀、Bからの雑品仕入金額については実額によって把握した。

原告の平成五年分及び平成六年分の湖北食糧からの雑品の仕入金額については、被告が湖北食糧に確認したところ、右金額を確認できる帳簿書類が保存されていなかったため、推計により算定した。

④ 売上原価の合計額

①ないし③の各金額を合計し、売上原価の合計額を算出した(別表六)。

(2) 売上金額の算定

(1)の売上原価の合計額を、類似同業者の売上原価率の平均値(別表七の一ないし三の各③)でそれぞれ除して、本件各年分の売上金額(別表八①)をそれぞれ算出した。

(3) 算出所得金額の算定

(2)の売上金額に、類似同業者の算出所得率の平均値(別表七の一ないし三の各⑦)をそれぞれ乗じて、本件各年分の算出所得金額(別表八⑤)をそれぞれ算出した。

(4) 営業所得の算出

(3)の算出所得金額から、特別経費の金額(別表八⑥)、事業専従者控除額(別表八⑦)をそれぞれ控除して、営業所得の金額(別表八⑧)を算出した。

(5) 本件所得税更正は、(4)の営業所得の金額をもとにして、その範囲内で算出されたものである。

(二) 本件消費税各更正の算定根拠

(1) 前記(一)(1)、(2)と同様に、売上原価の合計額に各類似同業者の売上原価率の平均値をそれぞれ適用して、本件各課税期間の米穀販売業に係る税込み課税売上高(別表九①)をそれぞれ算出した。

(2) 本件消費税各更正は、(1)の本件各課税期間の米穀販売業に係る税込み課税売上高金額をもとにして、その範囲内でされたものである。

第三争点及びそれに関する当事者の主張

一  推計課税の必要性(所得税関係、消費税関係)

1  被告の主張

(一) 原告の税務調査への協力について

A調査官は、平成七年七月三一日から同年一〇月一八日までの間、八回にわたり、原告の経営する店舗(以下「原告店舗」という。)に赴き、原告又はその妻に対し、帳簿書類等を提示して税務調査に協力するよう繰り返し要請したにもかかわらず、原告は、調査に関係のない第三者の立会いに固執し、正当な理由なく本件調査に協力しなかったため、被告において、帳簿書類等の直接資料を入手することができずに、本件各年分の所得税及び本件各課税期間の消費税の実額の把握が不能又は著しく困難となったのであるから、原告の所得金額や消費税の課税標準額を推計課税の方法によって算定する必要があった。

(二) 後記2(二)の原告の主張に対する反論

(1) 本件調査が原告に対する事前通知なしになされたとの主張について原告は、事前に連絡すれば、日程を都合し、帳簿書類を提示する意思があったとして、帳簿書類を提示しなかったのは、A調査官が事前の通知なしに来訪したためである旨主張する。

しかしながら、A調査官は、事前に訪問する日時を約束した上で、原告店舗を訪問し、調査を試みたことが何度もあったし、時には、原告から指示された日時に原告店舗を訪問したことさえあったのであって、その際にも帳簿書類の提示を拒否した原告が、事前通知があれば、帳簿等を提示するつもりであったとは考えられない。

また、所得税法二三四条所定の質問検査権を行使するに際し、質問検査の範囲、程度、時期及び場所など実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべきであり、調査日時の事前通知は法律上の要件とされているものではないから、事前通知をしないで行った調査を違法と解する余地はない。

(2) 第三者の立会い及び調査における録音を拒否することの適法性所得税法二三四条所定の質問調査権が認められた趣旨は、公平かつ適正な課税の実現を図るために税法上の事実の正しい捕捉を目的としたもので、そのためには被調査者にある程度の受忍と協力をやむを得ないとしたものであることから、質問検査権の行使たる調査に伴う相手方の不利益との比較衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、右行使の具体的な手続、方法は、税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

そして、調査の場における第三者の立会いやテープレコーダーによる録音の許否は、具体的な調査の状況に応じた担当職員の合理的な裁量に委ねられるべきと考えられるところ、テープレコーダーによる録音や本人以外の第三者の立会いは、税務調査の趣旨目的に照らすと、特段の事情がない限り、通常は被調査者にその必要が認められないものであり、仮に、被調査者において、調査の際、メモあるいは記録の必要があれば、通常はその際に適宜筆記による記録をすれば足り、また、日頃記帳に関与する第三者の立会いがなければ帳簿書類の適切な説明ができないというのであれば、その説明の際にその必要な関係者の立会いを求めれば足りるのであるから、右録音等を認めなかったといって、通常相手方の利益を害するとも考えられない。むしろ、所得税法が申告納税制度を原則とする建前からすると、納税者には本来自ら進んでその申告所得額の説明をなすべきことが期待され、他方、税務職員に課せられた守秘義務違反(所得税法二四三条)の関係からすると、右テープレコーダーによる録音、第三者の立会いは、特に被調査者の取引先等の関係でその秘密保持に種々の懸念を生じ、無用に調査を硬直させ、適切かつ十分な税務調査の妨げになるとも考えられ、これらからして、右を認めることは調査の適正を期するゆえんでもない。

これを本件調査についてみると、原告にテープレコーダーによる録音を必要とする特段の事情は認められない上、原告が、第三者の立会いを求めたのは、農家からの仕入れに係る消費税の仕入税額控除についてA調査官の説明に納得できなかったことにあり、原告に代わって第三者をして帳簿書類の説明をさせる目的ではない。

したがって、A調査官が、テープレコーダーによる録音の中止を申し入れたり、第三者の立会いを拒否したことは、守秘義務との関係や調査の適正を期するための相当な措置であって、いずれもA調査官の合理的な裁量の範囲内であり、適法なものであるというべきである。

2  原告の主張

(一) 原告の税務調査への協力について

原告は、本件調査に際し、当初から帳簿書類を備えて、A調査官に対し、いつでもそれを提示して協力する意思があり、七月三一日の調査の際には、A調査官に対し、帳簿書類を提示し、八月一六日の調査の際にも帳簿書類を提示できる状態にあったにもかかわらず、A調査官は、第三者の税務調査への立会いを拒否して、本件調査を放棄したのであるから、被告は、原告の帳簿書類を確認し、実額課税が可能であることを知りながら、敢えて推計課税に及んだのであり、推計課税の必要性は全くなかった。

(二) 本件調査の違法性等について

(1) 原告は、A調査官から、税務調査につき、事前の連絡を受けておれば、日程を都合し、帳簿書類を提示する意思があったにもかかわらず、A調査官が事前の通知なしに来訪したため、帳簿書類を提示できなかった。

(2) ① 異議申立てや審査請求時の調査時には、第三者が、異議申立人の保佐人や審査請求の代理人として立ち会うことが可能であることからすると、税務調査に際して、第三者の立会いを求めることは正当であり、また、本件調査の状況をテープレコーダーで録音することも正当であるにもかかわらず、A調査官はこれらを拒否したのであるから、本件調査は違法である。

② A調査官は、税理士法や守秘義務に違反する旨述べ、第三者の立会いを拒否したが、税理士法が禁じているのは、税理士でない者が業として納税者の代理行為を行うことであって、単に税務調査に立ち会うのは、被調査者を代理するためではないし、被調査者に代わって質問調査を受けるわけでもないから税理士法違反に当たらない。また、所得税法や消費税法所定の守秘義務は、調査によって税務職員が入手できる被調査者の固有の具体的秘密を保護するためであるから、被調査者が第三者の立会いを望む場合には考慮する必要はない。

二  推計課税の合理性(所得税関係、消費税関係)

1  被告の主張

本件所得税各更正及び本件消費税各更正に対して被告が用いた推計方法は、合理的である。

(一) 精米機の使用電力量等の合理性について

被告は、前記第二の三3(一)(1)①のとおり、使用電力量のうち精米用に使用する割合を七〇パーセントとして、原告の玄米の仕入金額を推計したが、その根拠は、以下のとおりである。

原告の使用している精米機の動力は一五馬力であり、一馬力の使用電力は〇・七五キロワットであることから、原告の精米機の使用電力量は一一・二五キロワットとなる(計算式 一五馬力×〇・七五キロワット=一一・二五キロワット)。

そして、原告が電力会社と契約している動力用電力は一五キロワットであり、原告方に設置された精米機その他の付帯設備機及びルームエアコン等あらゆる電気器具の使用電力量を合計しても、契約電力である一五キロワット以上の使用が基本的に許されていないことから、契約電力に占める精米機の使用電力の割合は最小限に見積もっても七五パーセントとなる(計算式 一一・二五キロワット÷一五キロワット=七五パーセント)。

しかし、被告は、精米機以外の使用電力等の個別事情を考慮し、原告に有利に過少評価し、七〇パーセントとしたのである。

また、被告は、玄米を精米するのに必要な電力量を玄米六〇キログラム当たり一キロワットとして、原告の玄米の仕入金額を推計したが、右数値は米穀販売業における経験則に基づく一般的な数値であるし、かつ、原告にとっても有利な数値である。

したがって、これらにより算定された玄米の仕入金額も合理性を有する。

(二) 類似同業者の選定方法に関する合理性について

被告は、前記第二の三3(一)(2)、(3)、(二)(1)のとおり、類似同業者の売上原価率及び算出所得率の各平均値を使用してそれぞれ売上金額及び算出所得金額を推計したが、右類似同業者の選定方法は、一定の条件に該当する者の中から無作為的、機械的に抽出するというものであって、被告の恣意が介入する余地はないから、合理的なものであるし、これにより算定された各売上金額及び算出所得金額も合理性を有する。

(三) 特別経費について

(1) 原告は、後記2(三)のとおり、リース料が特別経費に当たる旨主張するが、右主張に係るリース料は、特別経費ではなく、一般経費に含まれるものである。

(2) 原告は、後記2(三)のとおり、減価償却費が特別経費に当たる旨主張するが、右減価償却の対象となる資産の内訳は、滋賀県長浜市市α二〇五番地所在の鉄骨造平家建倉庫(昭和六三年建築、以下「本件倉庫」という。)、同県同市β五一〇番一所在の鉄骨造二階建工場倉庫(昭和五五年建築、以下「本件工場倉庫」といい、本件倉庫と併せて「本件各建物」という。)及び本件各建物以外の資産であるところ、本件各建物以外の資産の減価償却費については、特別経費ではなく、一般経費に含まれ、本件各建物の減価償却費については、減価償却について原告が主張するように定額法を用いる場合、当該資産の取得年月、取得価額及び耐用年数を明らかにする必要があるところ、原告はこの点についての立証が不充分である。

2  原告の主張

本件所得税各更正及び本件消費税各更正に対して被告が用いた推計方法は、原告の営業実態に適合したものではなく、玄米精米と精米機の電力量との関係及び同業者の売上原価率が不合理な内容であり、被告はかかる不合理な推計方法に基づき、原告の所得金額を過大に評価しているから、推計課税の合理性を欠き違法である。

(一) 精米機の使用電力量等の合理性について

(1) 原告が精米するのは、滋賀県産米であって、新潟や富山等の産地米と異なり、硬質米であって、精米するのに電力が通常より必要であるところ、被告はこの点を全く考慮せずに推計課税をしたのであって、不合理である。

(2) 原告が使用する精米本機及び昇降機、混米機等の付帯設備機が玄米六〇キログラムを精米するのに必要となる電力は、計算上一・二四五キロワットであり、原告自らが行った玄米六〇キログラムあたりの使用電力量の測定実験結果(甲一四参照)によれば、玄米六〇キログラム当たりの使用電力量は平均一・四キロワットであった。

(3) 被告は、推計の基礎とする使用電力量について、出力電力と入力電力を同一視する誤りを犯しており、原告の精米機の出力電力の一二五パーセントが入力電力である。

(二) 類似同業者の選定方法に関する合理性

(1) 原告は、他の同業者と異なり良質米を低価格で販売しているので、被告が類似同業者を選定する場合、そのような業者を選定しなければならないのに、被告が選定した業者はその種別が明らかでなく、類似同業者の選定方法に関する合理性を立証したとはいえない。

(2) 不服審査時に、業態が原告と類似しているとはいえないとして、類似業者から排除された二業者のうち一業者が本件訴訟における類似業者には含まれ、不服審査時に類似業者とされた他の二業者が本件訴訟では類似業者から排除されており、被告の類似業者の選定は恣意的に行われている。

(三) 特別経費について

本件各年分の左記金額の減価償却費及びリース料を特別経費として控除すべきである。

平成四年分 減価償却費 一三七万六三九〇円

リース料 一五六万円

平成五年分 減価償却費 一三六万八二二七円

リース料 一五六万円

平成六年分 減価償却費 一五三万六二七九円

リース料 一五六万〇六八〇円

三  実額主張の成否(所得税関係、消費税関係)

1  原告の主張

(一) 原告の本件各年分の営業所得の金額は、左のとおりであり、その内訳は、別表一〇のとおりである。

平成四年分 一一一万五六〇四円

平成五年分 一三二万五一六六円

平成六年分 三二〇万七〇一二円

(二) 本件各年分及び本件各課税期間の売上げの明細は別表一一の一ないし三のとおりである。

このうち、有限会社フタバヤからの売上げについては通帳(甲一九の一ないし五)により、大口の取引先については確認書(甲一八の一ないし一三)により、それぞれ確認することができる。自動販売機の分については集計表(甲二二)があり、本件各年分のうち、平成四年分と平成六年分については原資料によるカレンダー(甲二一の一、二)があり、確認できる。さらに、「その他」は現金売りの分であり、日めくりに記載したものを毎月集計して大学ノートに記載している。日めくりは、当該年度分のものではないが、平成七年分のものがある(甲二四)。

宅配便による売上については払込取扱票(甲二三)等が存在する。一般雑品売上分は別表一二により、利益率を念頭に概算で算出したものである。そのほかの雑収入は米糠と米袋の売上げ分である。

(三) 本件各年分及び本件各課税期間の仕入れの明細は別表一三記載のとおりである。

(四) 本件各年分及び本件各課税期間の経費の額及び内訳は、収支内訳書(甲三の一の一、甲三の二の一、甲三の三の一)記載のとおりであり、その各明細は経費明細書(甲七の一ないし三)記載のとおりである。

2  被告の主張

(一) 本件各年分及び本件各課税期間の売上金額について

原告は、一般雑品の売上金額として、平成四年分は三五〇万円、平成五年分は四〇〇万円、平成六年分は三三〇万円をそれぞれ主張するが、これらは、いずれも利益率をもとに概算で算出されたものであって、真実の売上金額ではない。

原告は、現金売りに係る売上金額として、平成四年分は一一二〇万二二九〇円、平成五年分は一〇四一万六九八八円、平成六年分は七五五万九四〇〇円をそれぞれ主張するが、原告は、右売上金額の算出の根拠資料となる当該各年分の日めくりカレンダーを書証として提出していない。

原告は、米糠や米袋の売上金額として、平成四年分は四〇万円、平成五年分は六万円、平成六年分は二〇万円をそれぞれ主張するが、原告は、右売上金額の算出の根拠資料を書証として提出していない。

原告は、平成五年分の自動販売機による売上金額として、一五八六万〇六〇〇円を主張するが、右売上金額の算出の根拠資料となるカレンダーを書証として提出していない。

(二) 原告主張の売上金額に遺漏があること

原告は、有限会社サンモールほか大口の売上先に対する売上金額については、当該各売上先の確認書(甲一八の一ないし一三)により確認できると主張する。

右確認書のうち、有限会社京伊楼の確認書(甲一八の一〇)には、平成四年分(四二万二六〇〇円)しか金額が記載されておらず、原告も平成四年分しか売上金額を主張していない。

しかしながら、被告が、本件訴訟において、右有限会社京伊楼に対する反面調査により確認したところによれば、同社に対しては、平成四年に四四万六六〇〇円、平成五年に三七万四二九〇円、平成六年に三九万一二五〇円の売上金額が存在する(乙一八)。

また、被告が反面調査により確認したところによれば、シマヤ株式会社に対する平成四年の売上金額六九〇万円(乙一九)、コジマフーズ株式会社に対する平成五年分の売上金額二八五万円(乙二〇)が存在するが、原告が主張する売上金額の中には、これらは見受けられない。

(三) 経費の実額主張について

原告は、減価償却費及びリース料以外の経費については、単に経費を項目ごとに並べたにすぎない収支内訳書及び経費明細書を提出するのみで、その証拠となる書証を提出しないから、およそ経費の実額を立証するに足りないものである。

四  仕入税額控除の要否(消費税関係)

1  被告の主張

(一) 法定帳簿等の記載事項の要件具備について

(1) 原告は、本件訴訟において、法定帳簿等に該当するものとして、大学ノート(甲四ないし甲六)、仕切帳(甲二六)を提出するが、法定帳簿等の記載要件は、大量かつ反復して行われる消費税に係る申告、課税事務を円滑ならしめるという法三〇条七項の趣旨に照らし、当該帳簿等の記載から形式的に判断されるべきであるところ、甲四ないし甲六については、別表二二ないし二五記載のとおりであり、甲二六のうち課税仕入れの相手方の氏名又は名称につき「上様」や氏のみが記載されているものについては、いずれも法定記載事項を具備しているものではないから、法三〇条七項の法定帳簿等に該当しない。

(2) 原告は、後記2(一)(3)のとおり、甲二六のうち、課税仕入れの相手方の氏名又は名称につき「上様」や氏のみが記載されているものについては、法三〇条七項ただし書の「やむを得ない事情」が存する旨主張するが、右「やむを得ない事情」は法三〇条一項本文「保存」の要件の例外にすぎず、法定帳簿等の記載要件に関する例外ではない。

(二) 法三〇条七項の「保存」の意義とその要件具備について

(1) 法三〇条七項の趣旨

消費税は、間接税としての性格から納税負担者と納税義務者が異なり、消費者が消費税額相当の金員を負担し、納税義務者は消費者の負担した右金員を一時的に預ることになる。このような消費税の預り金的な性格からすれば、法は、納税義務者にとって益税とならないよう、仕入税額控除を認める際に控除すべき仕入税額の存在について客観性と正確性が担保されるような立法的配慮をする必要がある。

消費税の仕入税額控除に係る証明手段としてはインボイス(税額票)方式のほかアカウント(帳簿)方式があるが、一般にはインボイスは登録事業者が発行義務に基づき発行するものであるから、納税義務者自身の作成する帳簿よりも証明力が高いとされている。しかしながら、いずれの方式を採用するにしても、前記のとおり、納税義務者に益税が発生しないよう控除すべき仕入税額の存在について信頼性の高い証明手段によって立証されるよう配慮されるべきは当然のことであり、特に帳簿方式を採用する場合には、納税義務者の作成する帳簿がインボイスと同程度の客観性と正確性が担保される必要がある。そこで、法三〇条は、一項で消費税の仕入税額控除を認めながら、七項において、事業者が法定帳簿等を保存しない場合には、当該「保存」がない課税仕入れの税額については仕入税額控除を認めないことにしたのである。すなわち、法は消費税の間接税としての性格から発生しやすい益税が納税義務者に発生しないようにするための立法上の配慮として、法定記載事項を具備した法定帳簿等のみにより課税仕入れの事実を証明させ、納税義務者は消費税の仕入税額控除を求める場合には、法定帳簿等を保存し、税務調査があった場合には、税務職員の適法な提示要請に応じて提示させ右課税仕入れの事実を証明させることにしたのである。

(2) 申告納税制度のもとにおける仕入税額控除の正確性担保の必要性

(1)で述べたことは、法が消費税の申告につき、申告納税方式(法四二条、四五条等)を採用したことと密接に関係する。

すなわち、申告納税方式のもとでは納付すべき税額は納税者側の申告により確定するのが原則であるが、その申告がない場合その他当該税額が税務署長等の調査したところと異なる場合には、税務署長等が行う更正、決定等の処分により確定することになるのであり、そのためには、税務署長等において申告内容の正確性を確認することが必要であるから、個別の税法は、税務職員に質問検査権を認め、その適切な行使により、申告内容に関する事実を証明する資料を入手することが予定されているのである。

消費税においても、納税義務者は、控除すべき仕入額について資料等を添付することなくその申告だけで足りるとされているが、法三〇条七項は、課税仕入れの存在及び仕入金額の正確性を証明する帳簿又は請求書等の保存を求め、税務職員が法六二条により認められた質問検査権を適切に行使して提示を求めた場合には、納税義務者においてこれを提示し、申告に係る課税仕入れの存在等を容易に確認できるようにしているのである。

(3) 条文の規定の仕方

(1)で述べたことは、条文の規定の仕方からも明らかである。

① まず、令五〇条一項は、法三〇条一〇項の委任に基づいて、法定帳簿等を整理して保存する旨規定しているが、これは、法定帳簿等が他人に提示されることを前提としているからであり、そうでなければこれらを整理しておく意味はない。

② 次に、法三〇条八項一号は、法定帳簿について、課税仕入れの相手方の氏名又は名称、課税仕入れを行った年月日、課税仕入れに係る資産又は役務の内容、課税仕入れに係る支払対価の額の記載を、同条九項一号は、法定請求書について、書類の作成者の氏名又は名称、課税資産の譲渡等の対価の額、書類の交付を受ける当該事業者の氏名又は名称の記載を、それぞれ厳格に法定しているが、これは適法な税務調査において税務職員は法定帳簿の記載から課税仕入れに係る消費税額の調査、確認を行うためであり、これ以外の資料によっては仕入税額の控除を許さない趣旨である。

③ さらに、令五〇条一項は、法定帳簿等の保存場所について納税地等に限定し、その保存期間について、法定帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日、法定請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間である旨規定しているが、これは課税庁の課税権限を行使し得る最長期限である七年間と完全に符合する(国税通則法七〇条五項参照)のであり、法定帳簿等の保存が消費税の確定申告後の税務職員の税務調査を念頭に置いて、これに対応して提示されることを予定していると解して初めて理解できる規定である。

(4) 青色申告承認に関する規定の仕方との類似性

所得税法一四八条一項は、青色申告承認者について、「当該帳簿を保存しなければならない。」と規定しており、右「保存」の意義については、「青色申告の承認を受けている者が、税務署の当該職員から、所得税法二三四条の質問検査権に基づき、同法一四八条一項により備付け等を義務付けられている帳簿書類の提示を求められたのに対し、正当の理由なく拒否し提示しなかった場合には、青色申告承認の取消事由として所得税法一五〇条一項一号が定める、帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていない場合に該当する。」と解されている。

青色申告者においては、帳簿書類の記録に基づいて課税所得を計算することを前提とし、所得税法一四八条一項は、右計算の資料を帳簿書類に限定し、同法施行規則五七条ないし六一条は、右帳簿書類の信頼性の高いものに限定するためその記載方法を規定するとともに、同規則六三条は、青色申告者に対し、その記載要件を充たす帳簿書類を整理した上、帳簿についてはその閉鎖の日の属する年の翌年三月一五日の翌日、書類についてはその作成又は受領の日の属する年の翌年三月一五日の翌日から起算して、原則として七年間、当該青色申告者の納税地等に保存することを要求している。

他方、消費税においては、法三〇条七項は、課税仕入れの事実を証明する資料を法定帳簿等に限定し、同条八項及び九項は、法定帳簿等の信頼性を高いものにするためその記載事項について規定するとともに、令五〇条一項は、法定帳簿等を整理した上、法定帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日、法定請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間、納税義務者の納税地等において保存することを要求しているのである。

右によれば、消費税の仕入税額控除に関する規定は、青色申告承認に関する規定とその趣旨及び条文の規定の仕方においてまさに一致しているから、法三〇条七項の「保存」とは所得税法一四八条一項の保存の解釈と同様に解すべきである。

(5) 法定帳簿等のいわゆる後出しを排斥することの合理性

不服申立時に法定帳簿等を提出したとしても、消費税の仕入税額控除は受けられなくなることは、不合理ではない。

消費税の申告及び課税処分は、大量反復性を有し、納付すべき税額の早期確定と処分の安定性が求められる反面、消費税は、いわば消費者からの預り金的な性格を有し、納税義務者の益税とならないよう特に正確な税額の把握が要請されることから、納税義務者は、税務調査の際に税務職員に対し、課税標準額及び仕入税額控除について厳格な説明義務を負う。殊に、法は消費税の仕入税額控除につき即時控除方式(法三〇条一項)を採用し、当該課税期間中に国内において行った課税仕入れに係る消費税額について仕入税額控除を行うのであるが、消費税の確定申告書等の提出があった場合に、右申告書に課税標準額に対する消費税額から課税仕入れに係る消費税額を控除した不足額の記載があるときは、税務署長は当該不足額を還付する旨規定するなど(法五二条)、消費税が他の税目に比べて不正還付の蓋然性が高いことを法自体が予測しているともいえるのであって、これからしても税務調査において課税仕入れの存在及び仕入金額の正確性については慎重に確認されることが不可欠であるし、大量、かつ反復して行われる消費税の税額の早期確定と処分の安定性の要求にも応えるべく立法上配慮することが特に要請される。

そこで、法三〇条七項は、法定帳簿等の「保存」を要求し、仕入税額控除の証明手段をこれに限定するとともに、同条八項及び九項で記載事項を定め、かつ、同条七項、令五〇条一項で税務職員の適法な質問検査権の行使の際に、これを提示しその内容を当該税務職員に精査させ、必要があれば、更にそこに記載された仕入先に対する調査、確認を行わせることにより大量反復性を有する消費税の課税手続が迅速かつ安定して行われるとともにその内容の正確性も担保されるよう配慮したのである。

更にいえば、適法な税務調査に応じて直ちに税務職員に提示できない状態にあった法定帳簿等については、その控除すべき仕入税額の客観的な正確性を証明する手段としては提示があった法定帳簿等に比してその証明力が一般的には格段に劣るということができるのであり、殊に課税処分後の不服申立手続において初めて提出された帳簿又は請求書等については当該納税義務者の手によって自己の申告額に沿った虚偽の記載が行われるおそれが飛躍的に高くなる上、税務職員において仕入先に対する調査をしようにも調査先の資料や記憶の散逸によりその実効性が図れないおそれも高いところ、このような事情を考慮すれば、税務調査の際に税務職員に提示できるような状態で保存されていなかった法定帳簿等は、法が予定するインボイスに匹敵する証明力を一般的には有していないということができる。

したがって、このような状態での法定帳簿等の保存を怠った納税義務者は、控除すべき仕入税額を、法の予定する立証手段によっては立証できないため、仕入税額の控除を受けられない結果になるが、それは大量反復性を有する消費税の課税手続の迅速性・安定性の要請に応えながら、正確性を担保する見地からして、充分な合理性を有するというべきである。

他方、納税義務者の側からみても、納税義務者は仕入税額控除を証明する資料である法定帳簿等を令五〇条一項を充たす形で保存していたはずであるから、税務調査時においても、その意思さえあれば、容易に税務職員にも提示できたはずである。

仮に、法定帳簿等のいわゆる後出しを認めるとすれば、納税義務者は、税務調査の際に消費税の仕入税額を立証するための手段である法定帳簿等を敢えて税務職員に提示することなく仕入税額を認めない更正処分を受けた上、その後、不服申立段階に至り法定帳簿等を提出することになるが、このようなことを納税義務者に認めるべき合理的な利益や必要性は見出しがたいものというべきである。

(6) 右(1)ないし(5)によれば、消費税法三〇条七項の「保存」とは、単に客観的・物理的な意味での保存をいうのではなく、税務職員の適法な提示要請に応じて直ちに提示できる状態での保存と解するのが相当である。

したがって、税務調査の際に法定帳簿又は法定請求書等が存在しないか、又は税務職員による適法な提示要請に対し納税者たる事業者が正当な理由なく法定帳簿又は法定請求書等の提示を拒否した場合には直ちに右「保存」の要件を欠くことになるから、たとえ、その後不服審査又は訴訟の段階において帳簿又は請求書等を提出したとしてももはや消費税の仕入税額控除を認めることはできない。

(7) 本件へのあてはめ

これを本件についてみると、A調査官は、原告に対し、法定帳簿等の提示がない以上、消費税の仕入税額控除の適用がない旨説明した上で、再三にわたり、法定帳簿等を提示して本件調査に協力するよう繰り返し求めたが、原告は、調査に関係のない第三者の立会に固執し、何ら正当な理由なく法定帳簿等を提示しなかったのであるから、原告は、法三〇条七項の「保存」の要件を欠き、同条一項に定める消費税の仕入税額控除の適用を受けられない。

2  原告の主張

(一) 法定帳簿等の記載要件の具備について

(1) 一つの帳簿では法定帳簿等の記載要件を充たしていなくても、他の帳簿を総合してすべての記載要件を網羅している場合には、全体として法定帳簿等の記載要件を充たすというべきところ、原告が、本件訴訟において、証拠として提出した大学ノート(甲四ないし甲六、甲二八、甲二九)及び仕切書(甲二六)の各書類は、総合するとすべての記載要件を網羅しており、法三〇条七項の法定帳簿に該当する。

(2) ①消費税法が帳簿方式を採用していること、②仕入税額控除の制度が消費税の本質に根差したものであること、③課税標準である資産の譲渡等に係る帳簿や請求書等については保存が要求されておらず(法二八条)、取引事実の一つの証明手段にすぎず記載要件等について厳格性が要求されていないこと、相手方の氏名等の記載の省略について法三〇条九項一号と同法施行規則二七条二項が同一文言を用いていることに照らすと、仕入税額控除に係る法定帳簿等の記載要件についても同様に解すべきこと、④法三〇条九項一号は、小売業者等について、取引の相手先の氏名等の記載の省略を認めているが、これは本来不特定の相手方と取引をすることが多い小売業者については、相手先の氏名等の記載を要求することが困難であることによるものであるところ、これによれば本来記載可能であるはずの特定の取引先の氏名についても小売業者等であれば省略が許されることになるが、一般業者について、相手方の氏名などにつき厳格牲を要求すると、小売業者等と一般業者の間に不公平が生じ妥当でないこと、⑤中小零細企業者で右法定記載事項を具備している者が皆無に近いという実態があることに鑑みると、法定帳簿等の記載要件については形式的な厳格さが要求されていないというべきである。

(3) 原告は、仕入れについて、大口の湖北食糧、経済連、小口の農家仕入れに区別し、湖北食糧、経済連については昭和五六年からそれぞれ一冊の帳簿(甲二八、甲二九)に仕入れの日、銘柄、数量、支払の対価を記載し、また、農家仕入れに関しては、仕切書(甲二六)に、相手方の名前、品名、数量、単価、仕入れの単価を記載してきた。

仕切書(甲二六)において、相手方の氏名が明らかでないものがあるが、これは、相手方が農家であって、農協を通さないいわゆる自主流通米の取引に関するものであって、農家は氏名を明らかにされるのであれば米を売らないのであり、農家の氏名を明らかにしないことに「やむを得ない事情」(法三〇条七項ただし書)がある。

(4) 帳簿のうち、一部でも三〇条八項、九項の要件を充たしているものがある場合、その部分について、仕入税額控除を認めるべきである。

(二) 法三〇条七項の「保存」の意義とその要件具備について

(1) 仕入税額制度の本質

消費税法と同時に公布された税制改革法一〇条は、現行の消費税が、多段階課税型であると同時に、累積排除型であることを明らかにしており、その実現のために、消費税法において仕入税額控除の制度が設けられているのであるから、仕入税額控除の制度は、恩恵や恩典ではなく、消費税の基本的特質に由来する当然の制度である。

右のような消費税の基本的特質によるならば、本来なら推計においても、推計に基づく仕入税額控除を行ってその上で課税を行うべきであるところ、現行法はそのような規定をおいていないのであるから、「保存」の解釈は、厳格になされるべきである。

(2) 法三〇条七項の趣旨

申告納税制度の下では、消費税額は第一次的には納税者の申告により確定するところ、課税仕入れの存在を確認するためには、納税者が課税仕入れに関わる取引を正確に記録した資料に基づくことが必要不可欠であり、法定帳簿等がその都度機械的に正確に課税仕入取引の内容を記録している資料と考えられ、それらが存在しない場合又は存在しなくなった場合には、課税仕入れに関する消費税額が正確に把握できないことになる。そこで、法三〇条七項は、そのような場合には、当該課税仕入れに関する仕入税額控除を規定した法三〇条一項を適用することができないとしたのである。

(3) 言葉の用法

「保存」と「提示」とは一般に明らかに異なる概念であって、消費税法においても法三〇条七項の「保存」とは別に、法六八条二号、令六六条で「提示」という用語が用いられており、「保存」と「提示」を別の概念として使い分けているのにもかかわらず、消費税法三〇条七項の「保存」に「提示」を含むと解釈することは許されない拡張解釈であって、租税法律主義に反する。

(4) 「保存」の意義

(1) ないし(3)に照らすと、「保存」は、ただ単に法定期間を通じて法定帳簿等を保存していること、すなわち物理的保存で足りると解される。

(5) 被告の主張に対する反論

① 法が消費税の仕入税額控除に係る証明手段としてアカウント(帳簿)方式を採用したのは、消費税の導入に伴って事業者に余計な負担や費用をかけるのは好ましくないという配慮によるものであって、政治的判断の結果であり、また、消費税法案の審議において、法三〇条七項の趣旨が国会において審議の対象となったことはないことからすると、立法者は、帳簿等につきインボイス方式と同程度の客観性と正確性を担保すべきものを要求して、法を規定したものではない。

② 法が規定する、質問検査権は、任意調査の一方法として認められているものであって、これを理由に帳簿等の提示の義務を導くことはできない。

③ 条文の規定の仕方について

法三〇条七項、一〇項、令五〇条一項が帳簿又は請求書等の保存を事業者に要求したのは、課税仕入れに係る消費税額の確認を行うためであるが、この確認主体は、法でこの点に関する規定が置かれていない以上、裁決庁もあり得るし、最終的には取消訴訟が係属する裁判所も当然に予定されているものであって、課税庁のみに限られると解すべき根拠はない。

④ 青色申告承認に関する規定の仕方との類似性について

青色申告承認取消しは、専従者控除等の特典がなくなるだけであり、実額主張が認められれば通常の所得税の課税があるのに対し、仕入税額控除の否認の場合は、消費税の本質である付加価値税ではなく、法が予定していない取引高税の効果が生じ、その効果は全く異なる。

また、従来より青色申告承認に関して、「保存」の解釈が問題となっていることは立法者も認識しており、法を制定するにおいて、右解釈に疑義が生じないように制定することが租税法律主義に合致するものであり、法において「調査時に提示すること」と規定せず、単に「保存」と規定したことは、立法者も「保存」だけを要件にしたものである。

⑤ 帳簿又は請求書等のいわゆる後出しを排斥することの合理性について法は、異議審査、不服審査、さらには訴訟と納税者の手続保障を認めているところ、被告の主張によると、帳簿又は請求書等の提示を拒否したという一方当事者である税務職員の恣意的な判断だけで、「保存」がなく、したがって、仕入税額控除を否認すると結果を導くことになる。

⑥ 本件へのあてはめについて

たとえ、被告が主張するように、法三〇条七項の「保存」につき、税務職員の適法な提示要請に応じて直ちに提示できる状態での保存と解したとしても、本件においては、A調査官は、七月三一日、帳簿書類等の存在を確認していること、その帳簿書類の内容は平成二年に税務調査を受けた際の税務署の指導に従ったものであったこと、八月一六日の調査の際、原告は、右帳簿書類を卓上と机の横の段ボールに入れた状態で提示しているにもかかわらず、帳簿の提示を要求することがなかったこと、被告が第三者の立会いを理由に本件調査を打ち切って更正処分をしたこと、不服申立手続時に帳簿を提出していること、A調査官が七月三一日帳簿等の預かりを要求した事実はなかったことが認められ、これらの事情に照らすと、原告は帳簿等を「保存」していたというべきである。

第四当裁判所の判断

一  推計課税の必要性について

1  本件調査の経過について、当事者間に争いのない事実、証拠(甲三の三の一、甲六、甲四六、甲四七、乙九、乙一〇、証人A、原告本人)及び弁論の全趣旨によって認められる事実は次のとおりである。

(一) 長浜税務署個人課税第二部門に所属し、調査事務等に携わっていたA調査官は、原告が提出した本件各年分の所得税の確定申告書に記載された所得金額及び本件各課税期間の消費税の確定申告書に記載された課税標準額が適正なものであるかどうかを確認するため、平成七年七月、同税務署C統括官の指示に従い、本件調査を担当することになった。

(二) A調査官は、七月三一日午前一〇時ころ、原告店舗に赴いたところ、原告は不在であり、原告の長男であるDが、A調査官に対し、昼過ぎには原告が戻るのでそのときに来てもらいたい旨述べた。

そこで、A調査官は、同日午後一時三〇分ころ、再度原告店舗に赴いたところ、原告とその妻であるEがいたので、身分証明書と質問検査証を提示の上、所得税と消費税の調査に来たことを告げた。

そして、A調査官は、まず米穀販売全般の内容について、その後事業概況について、それぞれ原告からの聴取りを行った。その際、原告から、主な仕入先は、経済連、滋賀食糧湖北支店と農家であり、主な売上先はスーパーフタバヤであるとの説明を受けた。また、原告に対し、利益率について質問をしたところ、原告から、仕入値については滋賀食糧湖北支店からの仕入れに関する領収書等の綴りの一部を提示されて、仕入単価についての説明を受け、売値についてはスーパーの卸が主であるので安値であるとの説明を受けた。

次に、A調査官は、原告に対し、帳簿の提示を求めたところ、原告は、大学ノート(甲六)と本件各年分の収支内訳書(甲三の一の一、甲三の二の一、甲三の三の一)を提示し、売上については、売上先別の年間売上金額、売上数量の部分、それから店頭販売の商品別の内訳の記載された部分を、仕入れについては、米の種類別の年間の仕入金額、仕入数量の記載された部分を、それぞれ示されて、それらの部分についてのみ書き写すことを許された。

A調査官は、農家については、大学ノートの記載や収支内訳書の明細欄からは年間の合計金額が確認できるだけであったので、原告に対し、仕入先である農家の住所や氏名を尋ねたところ、原告はこれを拒んだ。そこで、A調査官は、原告に対し、更に農家の住所氏名を明らかにするように説得した上で、それらが分からなければ、所得税については推計によらざるを得なくなるし、消費税については、仕入税額控除が認められなくなる可能性がある旨説明した。しかし、原告は、大学ノートの記載について信用してほしいと言うだけで農家の住所や氏名を明らかにしなかった。

同日午後三時過ぎころ、原告から外出する旨申出があったので、A調査官は、同日の調査が不十分であり、原告から提示されなかった請求書等の原資料との照合、検討のため、提示された大学ノート、収支内訳書等を預りたい旨述べた。原告は、以前の税務調査の際、帳簿書類を預けたところ、税務職員からその内容についていろいろ追及されて苦労したと言って、これを拒否した。

そこで、A調査官は、平成四年分ないし平成六年分の収支内訳書の勘定科目ごとの年間の金額を急いで書き写し、翌八月一日再度訪問することを伝え、その際には請求書や領収書の原資料も提示してほしい旨言った。これに対し、原告は了承したが、民主商工会の者が立会う旨述べた。A調査官は、税理士以外の第三者の立会いは守秘義務や税理士法に違反するおそれがあるため認められないと説明したが、原告は納得しなかった。

(二) 原告は、八月一日午前九時四〇分ころ、A調査官に対し、電話で税務調査の実施を延期してほしい旨述べた。A調査官は、延期の理由が不明なため、午後三時半ころ、原告店舗に赴き、原告に対し、調査延期の理由を質したところ、原告は、「民主商工会の方に帳簿書類を預けた。民主商工会の方の都合がつくまで待ってほしい。」と答えた。A調査官は、原告に対し、税務調査に協力するよう頼むとともに、翌八月二日に再度訪問するので帳簿書類を揃えておくよう求めた。

(三) A調査官が、八月二日午後一時三〇分ころ、原告店舗に赴いたが、原告は不在であり、応対したEに税務調査への協力を依頼したところ、Eは、A調査官に対し、税務調査は盆明けにしてほしい旨の原告からの伝言を伝えた。

A調査官は、Eに対して、税務調査に協力するよう説得した上で、第三者の立会いなしに帳簿書類を見せること、それが可能であるなら連絡してほしい旨伝えた。

(四) A調査官は、八月七日午前一一時ころ、同月八日午後二時三〇分ころ、それぞれ原告の店舗に赴いたが、原告が不在であったので、原告の要望どおり、盆明けに税務調査を行うことにした。

(五) A調査官は、八月一七日、原告から、明日の午後三時に来てほしい、そのとき帳簿を提示する旨電話で連絡を受けたので、その日時に臨店することを約束した。その際、A調査官は、予め第三者の立会いは認められない旨説明した。

(六) A調査官は、八月一八日午後三時ころ、原告店舗に赴いたところ、原告のほかに長浜民主商工会事務局長のFが同席していた。A調査官は、原告に対し、Fの立会いがない状態で税務調査を行いたいと説得したが、原告はこれに応じなかった。その際、A調査官は、原告が同調査官とのやりとりをテープレコーダーで録音していることに気付いたので、中止を求めたところ、原告はこれにも応じなかった。その後も、A調査官は、同様の説得を続けたが、原告が応じなかったため、税務調査を実施することはできなかった。A調査官は、第三者の立会いなしに帳簿書類を見せることができるなら連絡してほしい旨伝え、辞去した。

(七) A調査官は、八月二一日午後一時三〇分ころ、原告店舗に赴いたが、原告とEは第三者の立会いに固執し、第三者の立会なしでの調査を拒否した。

(八) A調査官は、八月二八日午前一〇時ころ、精米機の性能等について聴取りをするため、原告に電話をかけ、原告から、精米機は一〇年以上前に購入し、性能は一五馬力で、使用電力量は毎時一二キロワット、昇降機と併せての使用電力量は毎時一五キロワットである旨の説明を受けた。A調査官は、その際、原告に対し、帳簿等を提示して調査に協力するよう求めたが、原告は第三者の立会いを認められれば帳簿を見せるが、そうでなければ応じないと返答した。

(九) A調査官は、九月一日午前一〇時一五分ころ、原告店舗に赴いたが、原告とEは、前同様、第三者の立会なしでの調査を拒否した。

(一〇) A調査官は、一〇月一八日午前一一時四〇分ころ、原告店舗に赴いたが、原告とEは前同様、第三者の立会なしでの調査を拒否した。A調査官は、所得税、消費税の課税標準額についての推計金額を示して修正申告するよう勧めたが、原告は怒ってこれを拒否した。

(一一) 原告は、一〇月一九日、長浜税務署に電話をかけ、一〇月は選挙で忙しいので一一月以降に調査を延期してほしい旨述べた。

(一二) A調査官は、一〇月二〇日午前九時ころ、原告に電話をかけ、税理士資格のない第三者の立会いなしに帳簿を提示するのであれば税務調査の延期に応じる旨述べたところ、原告が第三者の立会いに固執したため、このままでは調査に応じてもらえないと考え、所得税、消費税について更正処分を行う旨告げた。

以上の各事実が認められ、甲四六、甲四七、原告本人尋問の結果のうち右事実に反する部分は、いずれも乙九、乙一〇、A証言に照らし、採用しない。

2(一)  そこで、右認定事実を前提に検討するに、推計課税の必要性は、推計課税の手続上の適法要件として、納税者が税務調査に協力しないため直接資料が入手できないなど、所得金額や課税標準額の実額を把握することが不可能又は著しく困難である場合に認められるところ、A調査官が、七月三一日から一〇月二〇日までの二ヶ月半余りの間に、八回にもわたり原告店舗に赴くなどして、原告やその妻であるEに対し、本件調査への協力を説得、要請したにもかかわらず、原告は、七月三一日の税務調査の際、A調査官に対し、大学ノート(甲六)、本件各年分の収支内訳書(甲三の一の一、甲三の二の一、甲三の三の一)及び滋賀食糧湖北支店からの仕入れに関する領収書等の綴りの一部について、特定の部分を短時間、閲覧することを認めただけで、その後は、本件調査に関係のない第三者の立会いに固執し、本件調査を実施するために必要な資料を一切提示しなかったのであるから、被告において、原告の本件各年分の所得金額及び本件各課税期間の課税標準額の実額を把握することが不可能又は著しく困難であったといえ、推計課税の必要性は認められる。

(二)  原告は、前記第三の一2(二)のとおり、①A調査官が事前告知を行うことなく税務調査を実施しようとしたこと、②A調査官が税務調査の状況を録音することや第三者を税務調査に立ち会わすことを拒否したことは違法であることから、原告が、帳簿書類等を提示しなかったのは、正当である旨主張する。

本件調査において、(イ)A調査官が原告主張の事前通知をしていないこと、

(ロ) A調査官が第三者の立会いを再三にわたり求められたにもかかわらずこれを拒否したこと、(ハ)A調査官が八月一八日の調査時に原告からテープレコーダーで税務調査の状況を録音することを求められたにもかかわらずこれを拒否したことは前記1認定のとおりである。

しかしながら、所得税法二三四条、消費税法六二条は、調査の権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合には、調査の一方法として、右各法条の所定の者に対し質問し、又はその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めたものであって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量においては社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものであり、実施の日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別的、具体的な告知は、質問調査を行う上での法律上一律の要件とされているものではないと解されているところ(最高裁判所昭和四五年(あ)第二三三九号昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五頁、同昭和五四年(ツ)第二〇号昭和五八年七月一四日第一小法廷判決・訟務月報三〇巻一号一五一頁、同平成元年(オ)第九三一号平成五年三月一一日判決・訟務月報四〇巻二号三〇五頁参照)、前記1認定にかかる本件調査の経過、殊に、A調査官の原告やその妻Eに対する協力要請や説得、これに対する原告やEの対応等に照らせば、右(イ)ないし(ハ)の事実を斟酌しても、本件調査の方法や程度が、原告の私的利益との衡量において、社会通念上相当な限度を超えたものということができないから、A調査官の前記行為が違法であることを前提とする原告の右主張は採用できない。

二  推計課税の合理性について

1  被告が、本件各処分を行った根拠及び計算方法は、前記第二の三3のとおりであるところ、各段末尾記載の各証拠によれば、以下の各事実を認めることができる。

(一) (1) 玄米を精米機によって精米する場合、その過程において使用する電力量と玄米の精米数量との間には相関関係がある(乙二、乙二一、弁論の全趣旨)。

(2) 昭和五〇年に社団法人日本精米工業会の技術委員会技術部(以下「技術部」という。)から刊行された「大型精米技術の進歩(Ⅰ)」(昭和五〇年)によれば、従来から、玄米一俵(六〇キログラム)をとう精するには、一馬力(〇・七五キロワット)で一時間かけて精白されることが一般的な通念とされていたところ、福岡県産日本晴三等の米を用いて試験した結果、玄米六〇キログラムを一馬力(〇・七五キロワット)で一時間かけて精米すると、歩留及び白度の点で標準価格米に相当するものになることが報告されている(乙二)。

(3) 昭和六一年に技術部から発行された「大型精米技術の進歩(Ⅲ)」によれば、一般に一馬力(〇・七五キロワット)で一時間かけて玄米一俵(六〇キログラム)をとう精すると、精米歩留は九〇ないし九二パーセントになるとされている(乙二一)。

(二) 原告の本件各年分の使用電力量(動力用)は、左のとおりである(乙二二)。

平成四年分 七二八九キロワット

平成五年分 八九〇九キロワット

平成六年分 八八一八キロワット

(三) 原告の本件各年分の玄米の仕入先別の数量、金額は、別表一四記載のとおりであり、これによれば、玄米一キログラムあたりの平均仕入単価は、同表「玄米一キログラムあたりの平均仕入単価欄」記載のとおりの金額となる(乙三の一の一、乙三の二の一、乙三の三の一、乙四、乙五、乙二三)。

なお、原告は、平成五年分の湖北食糧からの仕入数量、金額は、乙五記載のものと異なるとして、甲二五を提出するが、甲二五は作成時期や作成経緯が不明であり、乙五に比して採用することができない。

(四) 原告の本件各年分の白米の仕入先別の数量、金額は、別表一五記載のとおりであり、その合計金額は、同表合計欄記載のとおりである(乙三の一の一、二、乙三の二の一、二、乙三の三の一、二、乙四、乙五)。

(五) (1) 原告の本件各年分の経済連、株式会社エフエフシー滋賀及びBからの雑品の仕入金額並びに平成四年分の湖北食糧からの雑品の仕入金額は、別表一六の各欄記載のとおりである(乙三の一の一、二、乙三の二の一、二、乙三の三の一、二、乙四、弁論の全趣旨)。

(2) ① 原告の平成五年分及び平成六年分の湖北食糧からの雑品の仕入金額を確認できる帳簿書類は湖北食糧には保存されていない(弁論の全趣旨)。

② 原告の平成五年及び平成六年分の湖北食糧からの雑品の仕入金額は、原告作成の大学ノート等によると別表一七の各欄記載のとおりであって、その合計は平成五年分が一八六万七九六四円、平成六年分が一七五万九七二九円であるが、右仕入金額のうち平成五年一〇月分ないし同月一二月分の各仕入金額は消費税(三パーセント)抜きの金額である(甲五、甲六、弁論の全趣旨)。

③ 原告の平成五年一〇月分、平成六年三月分及び同年一一月分の湖北食糧からの雑品の仕入金額に対する消費税額は、別表一八③欄記載のとおりである(乙六ないし乙八)。

④ ③をもとに、別表一八のとおり、課税仕入れの割合を算出し(九九・五五パーセントとなる。)、別表一九のとおり、消費税の金額が不明である月の仕入金額を算出し(平成五年分が合計三七万二四二〇円、平成六年分が合計一四四万〇三一三円となる。)、それに三パーセントを乗じて、消費税の金額が不明である月の課税仕入れに係る消費税額を算出し(平成五年分が一万一一二二円、平成六年分が四万三〇一四円となる。)、その算出額を②、③の金額と合計すると、別表二〇のとおり、平成五年分及び平成六年分の消費税込みの合計仕入金額となる(別表一六該当欄参照)。

(六) (1) 被告は、平成四年から平成六年の間に、滋賀県内に営業所を有し、米穀販売業を営む事業者で、左の条件に該当する者一四名を選定した。

① 青色申告書により所得税の確定申告書を提出していること

② 米穀販売業を営むこと

③ ②以外の業種目を兼業していないこと

④ 事業所が大津、草津、水口、近江八幡、彦根、長浜、今津の税務署の管内にあること

⑤ 年間を通じて事業を継続して営んでいること

⑥ 売上原価が五五〇〇万円以上、三億〇二〇〇万円未満であること

⑦ 右各年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと

(2) 被告は、別表七の一ないし三記載のとおり、右一四名の売上金額、売上原価の額、一般経費の額、算出所得の額から売上原価率、一般経費率、算出所得率をそれぞれ算定した上で、その各平均値を算出した。

(以上、(1)及び(2)につき、乙一一の一、二、乙一二の一、二、乙一三の一、二、乙一四の一、二、乙一五の一、二、乙一六の一、二、乙一七の一、二)

(七) 原告の本件各年分の利子割引料は別表二一のとおりである(甲三の一の一、甲三の二の一、甲三の三の一)。

2(一)  被告は、以上の数値を基礎として、前記第二の三3のとおり、原告の営業所得及び消費税の課税標準額を算定したものであるが、その基礎となっている資料の正確性、推計の方法自体の合理性、当該推計方法を当該納税者に適用することについて格別不合理な点は見当たらず、推計課税の合理性があると認められる。

(二)  原告の主張の検討

(1) 使用電力量の算定について

① 原告は、いわゆる硬質米を精米しており、精米するのに電力が通常より多く必要となるところ、被告はこの点を全く考慮せずに推計課税をしたのであるから不合理である旨主張する。

しかしながら、推計課税においては、その性質上、取り扱っている商品の産地や品質等、類似同業者の個別的な事情を考慮することができず、米穀販売業を営む事業者であれば、一般的に玄米を精米するのに必要とされている電力量によらざるを得ないところ、前記1(一)のとおり、一般に玄米を精米するのに必要な電力量を玄米六〇キログラムあたり〇・七五キロワットで一時間とされていること、被告はそれ以上に原告に有利な数値である玄米を精米するのに必要な電力量を玄米六〇キログラムあたり一キロワットで一時間としたことに照らすと、被告の算定方法が合理性を有しないとはいえないから、原告の右主張は採用できない。

② 原告は、自らが行った玄米六〇キログラムあたりの使用電力量を測定した実験の結果(甲一四参照)によれば、玄米六〇キログラム当たりの使用電力量は平均一・四キロワットである旨主張する。

しかしながら、右実験は、精米機のみならず付帯設備機も含めた使用電力量を測定したものであるところ、精米機が一キロワットの電力を消費する場合、付帯設備機は〇・二四五キロワットの電力を消費するという関係があるから(当事者間に争いがない。)、右実験結果による精米機のみの玄米六〇キログラムあたりの使用電力量は、約一・一キロワットと算定することができる(計算式 一・四÷(一+〇・二四五)=約一・一二)。他方、被告が推計の基礎とした使用電力量は、精米機のみの使用電力量であるから、原告の右実験の結果による精米機のみの使用電力量との差は〇・一キロワットにすぎないところ、右実験が本件訴訟提起後、原告自らによって、公正中立な第三者の立会いなしに行われたこと、本件各処分時から右実験の行われた平成一〇年二月までに精米機が老朽化して使用電力量が増加している可能性があること(以上、弁論の全趣旨)を併せ考えると、被告が玄米六〇キログラムあたりの精米機の使用電力量を一キロワットとしたことは不合理であるということはできず、原告の右主張は採用できない。

③ 原告は、被告が、推計の基礎とする使用電力量について、出力電力と入力電力を同一視する誤りを犯しているとして、甲一五を提出し、原告の精米機の出力電力の一二五パーセントが入力電力である旨主張する。

しかしながら、甲一五は、一般的な電動機の換算容量についての説明であって、これが原告の精米機に妥当することを認めるに足りる証拠はないことに加え、仮に原告の主張する出力電力と入力電力の関係を考慮すべきとしても、被告は、前記のとおり、玄米六〇キログラムあたりの精米機の使用電力量を〇・七五キロワットとすべきところを敢えて一キロワットとしたのであり、〇・七五キロワットを出力電力量として原告の主張するように入力電力を算定しても一キロワットに充たないから(計算式 〇・七五×一・二五=〇・九四キロワット)、被告が玄米六〇キログラムあたりの精米機の使用電力量を一キロワットとしたことが不合理であるということはできず、原告の右主張は採用できない。

(2) 類似同業者の選定について

① 原告は、良質米を低価格で販売しているような同業者を選定すべきところ、被告はそれをしていないから推計課税は合理牲を有しない旨主張する。

しかしながら、被告が採用したような同業者比率による推計の方法によれば、その特質からして、類似同業者に通常存在する程度の営業条件、営業形態の差異がその計算の過程において平均化することによって捨象されると考えることができるから、同業者間における営業条件、営業形態の差異が平均値による推計自体を全く不合理なさしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を認めるのが相当である。

したがって、原告は、その事情が、平均値を求める過程で捨象されてしまうような性質、程度のものでは足りず、同業者の平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであることを立証する必要があるところ、原告が提出する甲一六の一ないし五、甲一七の一ないし五からはそのような事情を認めることができず、他に右事情を認めるに足りる証拠もないから、原告の右主張は採用できない。

② また、原告は、業態が原告と類似しているとはいえないとして、不服審査時に類似同業者から排除された二業者のうち一業者が本件訴訟では類似同業者に含まれ、不服審査時に類似同業者とされた二業者が本件訴訟では排除されるなど、被告の類似同業者の選定は恣意的である旨主張する。

しかしながら、本件裁決の際には、原告の売上金額を推計するに際し、原告の各年分の動力用使用電力に類似同業者の動力用電力使用量一キロワット時当たりの収入金額の平均値を乗じて計算するという方法が用いられたのに対し(乙一)、被告の主張する推計方法は、原告の各年分の動力用使用電力から玄米の仕入量を推計するというものであって、推計の方法が異なっている上、被告は、前記1(六)

(1) のとおり、平成四年から平成六年の間に滋賀県内に営業所を有し、米穀販売業を営む事業者で一定の条件に該当するもの一四名を原告の類似同業者として選定したのであるから、その結果として、不服審査時において類似同業者から排除された業者が本件訴訟において類似同業者に含まれ、不服審査時において類似同業者とされた業者が本件訴訟において類似同業者から排除されたとしても、そのことをもって直ちに被告の類似同業者の選定が恣意的であるということはできない。

(3) 特別経費について

原告は、前記第三の二2(三)のとおり、減価償却費及びリース料はいわゆる特別経費であるから、算出所得金額から控除されるべきである旨主張する。

しかしながら、いわゆる特別経費とは、一般に、所得標準率を適用して所得金額を推計する場合において、必要経費のうち所得標準率に考慮されていない個別的、特殊的な経費をいうが、本件において、算出所得金額から控除されるべき特別経費は、類似同業者の一般経費を算定するに当たって特別経費として控除された給与賃金、利子割引料、地代家賃、貸倒金、税理士報酬、減価償却資産の除却損に限られるから(乙一一の一、乙一二の一、乙一三の一、乙一四の一、乙一五の一、乙一六の一、乙一七の一)、原告が主張する減価償却費、リース料は特別経費には含まれず、算出所得金額から控除することはできない。

三  実額の主張について

1  実額主張の主張・立証責任、主張・立証すべき事項の範囲について推計課税における要件事実の主張・立証責任については、推計課税が、推計の必要性があることを要件として、実額課税とは別にこれに代替して補充的に行われるものであることに照らすと、課税庁が、処分の適法性を根拠付ける事実であって実額課税における個々の所得発生原因事実に相当する、推計の合理性を基礎付ける具体的事実を主張・立証すべきであり、これに対して、納税者が直接資料に基づき所得の実額を主張する場合、右実額は、推計の合理性を基礎付ける具体的事実と両立し得る事実であり、かつ、課税庁の抗弁事実の立証による課税処分が適法であるとの評価を覆し、その評価の障害となる事実とみることができるから、納税者は、①納税者が主張する実額が真実の所得額に合致すること、及び、②主張する実額を超えて他に所得が存する合理的疑いが残らないことについて主張・立証責任を負担すると解するのが相当である。

そして、推計課税が、収入の発生原因、控除すべき必要経費、その金額等を個別に推計するものでないこと(所得税法一五六条参照)に照らすと、納税者が直接資料に基づき所得の実額を主張する場合納税者は、収入金額と必要経費の全部の実額について主張・立証する必要があると解すべきである。

2  以上を前提に検討する。

(一) (1) 原告は、右実額の立証のため、本件各年分の売上の明細として、有限会社フタバヤからの分について通帳(甲一九の一ないし五)を、その他の大口取引先の分について確認書(甲一八の一ないし一三)を、自動販売機による分について集計表(甲二二)及びその原資料として平成四年分と平成六年分についてカレンダー(甲二一の一、二)を、現金売りの分について日めくりに記載したものを毎月集計して大学ノートに記載していたとして、日めくりは、当該年度分のものではないが、平成七年分のもの(甲二四)を提出する。

(2) ① しかしながら、原告は、原告が主張する一般雑品の売上金額は、いずれも雑品仕入表により利益率をもとに概算で算出したと主張するものであって、一般雑品の売上金額が原告主張のとおりであることを裏付ける客観的な証拠はない。

② また、原告は、現金売りについては、売上金額を、日めくりに記載し、これを毎月集計して大学ノートに記載していた旨主張するところ、日めくりについては、平成七年分のもの(甲二四)を提出するだけで、本件各年分の日めくりを提出しておらず、他方、原告の提出する大学ノート(甲四ないし甲六)は本件各年分のものであるので、右各大学ノートの該当部分記載の正確性を、日めくりによって確認することはできず、他に原告が主張する現金売りに係る売上金額を認めるに足りる証拠はない。

③ 原告が主張する米糠や米袋の売上金額については、これを認めるに足りる証拠はない。

④ 原告は、平成五年分の自動販売機による売上金額として、一五八六万〇六〇〇円を主張し、集計表(甲二二)を証拠として提出するが、その原資料であるカレンダーが提出されていないから、甲二二のみからは、右金額を認めることができず、他に右原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) なお、原告は、有限会社サンモールほか大口の売上先に対する売上金額について、当該各売上先の確認書(甲一八の一ないし一三)を提出する。

しかしながら、有限会社京伊楼の確認書(甲一八の一〇)には、平成四年分(四二万二六〇〇円)しか金額が記載されておらず、原告も平成四年分の売上金額のみを主張しているところ、被告の同社に対する調査の結果によれば、原告は、同社から、平成四年に四四万六六〇〇円、平成五年に三七万四二九〇円、平成六年に三九万一二五〇円売り上げたことが認められる(乙一八)。また、同様に被告が調査した結果、原告はシマヤ株式会社から、平成四年に六九〇万円を売り上げ(乙一九)、コジマフーズ株式会社から、平成五年に二八五万円を売り上げていることが認められるが(乙二〇)、原告が主張する売上金額の内訳には、これらは含まれていない。右の点に鑑みれば、原告の提出する確認書(甲一八の一ないし一三)は信用できない。

(二) 原告は、本件各年分の経費の額及び内訳は、収支内訳書(甲三の一の一、甲三の二の一、甲三の三の一)記載のとおりであり、その各明細は経費明細書(甲七の一ないし三)記載のとおりである旨主張する。

しかしながら、右収支内訳書及び各経費明細書は、原告の主張する経費の内訳ないし明細を明らかにしたものにすぎず、これを裏付ける原資料等の客観的な証拠はないから、右収支内訳書及び各経費明細書によって原告が主張する経費の額を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) 以上のとおり、原告が主張する実額が真実の所得額に合致すること、主張する実額を超えて他に所得が存する合理的疑いが残らないことについてはこれを認めることはできない。

四  仕入税額控除について

1  法三〇条七項の「保存」の意義について

法三〇条七項は、当該課税期間の課税仕入れに係る法定帳簿等を保存しない場合には、同条一項による仕入税額控除を適用しないものとし、法三〇条八項一号及び九項一号は、法定帳簿等の記載事項について、単に事業者本人が課税仕入れに係る消費税額の金額を計算するために必要であるものにとどまらず、課税仕入れの相手方の氏名又は名称、課税仕入れに係る資産又は役務の内容等、課税庁が課税仕入れに係る取引内容を確認するために必要な事項についても記載することを求めている。

右のとおり、法定帳簿等の記載について厳格な要件が規定されているのは、その帳簿等自体によって、税務署長等が正確かつ迅速に広い範囲の申告内容を確認し、効率的な税務調査を実現することを目的としたものであると解される。すなわち、帳簿等が、単に事業者にとって仕入税額を管理するためのものであるならば、帳簿等自体の記載要件を厳格に法定する必要はないはずであるのに、法三〇条八項一号及び九項一号が帳簿等自体についてその記載要件を厳格に法定しているのは、帳簿等の保存を要求した趣旨につき、税務署長等による正確かつ迅速な申告内容の確認と効率的な税務調査を実現するということが主たるものであったとみるほかないものである。

仕入税額の確認は、課税庁のみならず、裁決庁も裁判所も行うものであることは当然であるが、右のとおり、法三〇条七項、八項一号、九項一号が、仕入税額の確認手段を帳簿等に限定し、その記載事項を厳格に法定している趣旨が課税庁の正確かつ迅速な申告内容の確認ということにあることからすると、法三〇条七項にいう「保存」とは、単に物理的な保存では足りず、税務調査等のために税務職員等により適法な提示要求がされたときには、これに直ちに応じることができる状態での保存を意味すると解するのが相当である。すなわち、ここでいう保存とは、帳簿等が作成された後のある時点、例えば取消訴訟の係属中という一時点での帳簿等が提示できる状態になっていればよいというものではなく、少なくとも当該帳簿等の内容が記載された取引に係る課税期間の末日後は継続してそのような状態になっていなければ、帳簿等の保存がされていないという要件に該当すると解されるものであって、令五〇条一項が、帳簿等を整理し、帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日、請求書についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間保存しなければならないと規定するのも、この趣旨から理解されるべきものである。

そして、この場合において、税務調査等のために税務職員等により適法な提示要求がされたにもかかわらず、正当な理由なく納税者がこれに応じなかったときは、その時点において帳簿等の保存がなかったことが事実上推定され、反証のない限り、仕入税額控除は認められないことになると解すべきである。また、右の事実上の推定は、その後の不服申立手続や訴訟手続において、その不服申立手続又は訴訟手続の時点における帳簿等の保存が確認されたからといって、それだけで直ちに覆されるものではなく、それ以上に税務調査等の時点において帳簿等が保存されていたことを推認させる事実の具体的な立証がされて初めて右の推定が覆されると解するのが相当である。

本来、帳簿の保存とは、単に存在しているということを意味するものでないことはその字義から明らかであり、帳簿等の存在する場所や存在する状態を問わないということはできないのであって、税務職員等が帳簿等の記載内容を確認して申告の適否を審査することを前提とした概念であることからすると、税務調査等のために税務職員等により適法な提示要求がされたときにはこれに直ちに応じることができる状態での保存と解することが制度の趣旨に沿った解釈であるということができ、これが租税法律主義に反するものでないことは明らかである。また、税務調査等のために税務職員等により適法な提示要求がされたにもかかわらず、正当な理由なく納税者がこれに応じなかったときは、その時点において帳簿等の保存がなかったことが事実上推定されるということは、取消訴訟等における裁判官の自由心証、すなわち事実認定の問題であって、このことも租税法律主義に反するものではないことは明らかである。

2  右を前提に判断するに、A調査官は、七月三一日から一〇月二〇日までの二ヶ月半余りの間に、八回にもわたり原告店舗に赴くなどして、原告やその妻であるEに対し、本件調査への協力を説得、要請したにもかかわらず、原告は、七月三一日の税務調査の際、A調査官に対し、大学ノート(甲六)、本件各課税期間の収支内訳書(甲三の一の一、甲三の二の一、甲三の三の一)及び滋賀食糧湖北支店からの仕入れに関する領収書等の綴りの一部について、特定の部分を短時間、閲覧することを認めただけで、その後は、本件調査に関係のない第三者の立会いに固執し、本件調査を実施するために必要な資料を一切提示しなかったのであって、本件調査には格別違法性はなく、原告の法定帳簿等の不提示に正当な理由がなかったことは前記一1、2のとおりである。したがって、原告は、本件調査の時点において、法定帳簿等を保存していなかったことが事実上推定されるものであるところ、本件において、右の事実上の推定を覆すに足りる事実の立証があったということはできない。

3  したがって、原告の課税仕入れの存在及びこれに対する消費税の発生の各事実の有無、原告が提出する証拠中の大学ノート等が法定帳簿等の記載要件を具備するか否かを判断するまでもなく、本件各課税期間の消費税につき、仕入税額控除は認められない。

五  結論

以上によれば、本件所得税各更正及び本件消費税各更正はいずれも適法であり、これらにそれぞれ賦課してなされた本件所得税賦課決定及び本件消費税各賦課決定には、国税通則法六五条四項の正当な理由が認められないから同各決定もまた適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神吉正則 裁判官 佐賀義史 裁判官 後藤真孝)

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